影 踏 み
by/高嶺 俊
「影、踏んだぁ」
「じゃあ、今度はあんたが鬼ね」
古びた神社の境内。
子供たちの無邪気な声が響き渡る。
高く澄んだ笑い声。
子供たちが、昔ながらの遊びを繰り広げる。
鬼ごっこ。
花いちもんめ。
すべてが、ただの童遊びでありながら
すべてが、意味のある呪力を持っている。
闇に通じる、暗い道へとつながっている。
……子供は『童』。かつては、もっとも神に近いとして信仰された神秘の対象。
同時に生贄として捧げられた、『汚れなき』存在。
光は闇。
闇は光。
常に相反する力は、いともたやすく逆転する。
神にもっとも近いのならば、同時に魔にも、もっとも近いのだろう。
たかが遊びとは言えど、なぜに子供たちの遊びにはこうも血腥い気配が漂うのだろう。
そして、必ず『鬼』が出る。
子供の遊びは、言霊は、常に多くの闇を引きずっているのだ。
恐怖を現実に変える力を秘めて。
※ ※ ※
「――ねえ、お姉ちゃん」
振り返った少女の目に、見覚えのない童女の姿が映った。
かすりと呼ばれる着物を着、今時珍しいおかっぱの黒髪が、どこか古めかしい雰囲気を童女に与えていた。一見したところ、少女よりもはるかに幼く見える。
神社を照らしつける夕闇が、童女の影を長く長く伸ばしていた。
にっこりと微笑む口の中が、やけに赤く少女には思えた。
いつから境内にいたのだろう。
少女は、童女の存在にまるで気がつかなかった。
童女が誰なのかもわからない。一度も見たことがない顔だ。
しかし、子供特有の好奇心で、少女は尋ねた。
「ねえ、あんたどこの子? どうかしたの?」
少女の質問に童女は答えず、ただただ笑うだけだ。
「……近所から来たの?」
答えない童女に代わって、少女はさらに問う。
童女は薄く笑ったまま頷いた。その仕草は、質問に答えたというより、ただ首を動かしたといった感じだった。
さすがに薄気味悪く感じたのか、少女が一歩後ずさる。
その手を、いつの間に近くにきたのか、童女が握った。
小さく冷たい手。
「遊ぼう」
薄く微笑みながら、童女。
「え……でも、お姉ちゃん。今、鬼なんだ。――わかる、鬼ごっこの鬼。だから、みんなを捕まえないと遊べないの」
「大丈夫だよ」
夕闇に少女の赤い口が、三日月のように浮かぶ。
「どうせ、みんな帰ってこないから」
「え?」
意味深な言葉に、少女は言葉をつまらせた。
「それって、どういう――」
「遊ぼう」
少女の言葉を遮り、再び童女が言う。
どのみち、子供の戯れ言だろう。
自分も充分子供のくせに、少女はそう考えると、仕方ないなぁというようにため息をついた。
どうせ、すぐに飽きるだろう。
それに、薄気味悪さもあったのかもしれない。
友達だって、自分がいつまでたっても見つけにいかなければ、不審に思って戻ってくるに違いない。なぜ見つけにいかなかったかは、その時にでも説明すればいい。
少女は無理矢理自分を納得させると、できるだけ優しい笑みを浮かべ、童女に言った。
「いいわ。じゃあ、何して遊ぶ?」
「いいの? 本当に遊んでくれるの?」
童女の顔がパッと輝いた。暮れ行く夕闇の中で、その笑みはひどく邪悪に映ったのは、光の加減による錯覚だったのだろうか。
「……い、いいわよ、もちろん。何して遊ぶ?」
「影踏み」
童女が言う。
その影が、どこまでもどこまでも伸びている。
「じゃあ、あたしは『鬼』だから、お姉ちゃん逃げて」
……あたし『は』?
言葉のニュアンスに違和感を覚えつつも、少女は逃げることにした。
「はいはい、わかったわよ」
他愛のない言葉。
それが、何を意味しているのかを少女は知らない。
……結ばれた。
引き返せない『約束』が、今結ばれたのだ。
少女は影を踏まれないよう、それでいてまだ幼い童女が追いつける程度に軽く駆け出した。
ちらり、と走りながら後ろを顧みる。
辺りに立ち込める、一面の闇。
少女の顔が、恐怖に染まった。
視線の先に、少女は何を見たのだろう――?
※ ※ ※
『鬼』は、人間(ひと)に誘われない限り、光の中に出ることはできない
だが、ひとたび
ただの一度でも人間に許されたならば
『約束』したならば
どこでまも
どこまでも、追ってくる
どこまでも
どこにいても、追い詰める
どこに逃げればいいのだろう
それは
いつまで?
※ ※ ※
夕闇が支配する神社の境内。
「影、踏ぅんだぁ」
童女の声が響き渡った。
(了)
作者コメント:どうも、高嶺です。プライベートでは、こーゆー作品を結構書いたり考えたりしています。好きなんですね、やっぱり。でも、ギャクもシリアスなストーリー物も書くし、考えたらいろんなジャンルを節操なく書いてる気もするなぁ。ちなみに、意外とロマンチックなものやほのぼの路線も好きです。けど、そーゆーと『毎日が殺伐としているからなぁ。心の清涼剤代わりか?」と同情の目を向けられるのは、ちょっとやめて欲しいぞ。
追伸:『影踏み』は読みきりの作品ですが、「幻想ギャラリー」としてはこーゆー雰囲気の読みきりを評判がよかったら続けようかな、と思ってますので、みなさまのご意見が聞けたら幸いです。ツラいと呼んじゃいけないぜ、ベイビーちゃんたち(←バカ?)。
一応、『転載不可』です。
高嶺 俊 00/09/04
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