はかせ 第1話
    星降る夜に

by/初代 達人

「はーかーせー」
 ああ、ヒマだなぁ……。
 なんつーか、私を無駄に燃え上がらせるようなコトはないものか?
「はぁーかぁーせぇー」
 警察と新聞社あたりにでも、火炎瓶でも放り込む。サボテンマークのレポート用紙で犯行声明を出してみると楽しいかも知れないな。「はぁぁっーかぁぁっーせぇぇっー」
 いや、違う。
 男子たるもの、もっと大きなことを成さねばなるまい。無意味に、無秩序に、ご無体にまで膨張するようなスケールでなくては私の名に関わる。
「いっそ……核でも飛ばすか」
 でかいっ!
 こいつは、歴史的なイベントだ。世界中の核のホットラインを支配し、とりあえずスイッチオン!
 私の名は、人類史に永遠に刻み込まれるであろう。うむ、これだ。
「あのぉ ー恍惚としてコワイ笑み浮かべてると……捕まっちゃいますよ」
 おっと、ヨダレが……。
 じゅるると白衣の袖で拭い、そのまま視線を声のした方向に向ける。
 薄暗い部屋に溶け込んでしまいそうな紺色のプリーツスカートと、清潔そうな真っ白なブラウスが眩しい。
 膝下までのスカートも、しっかりと結ばれた細い棒タイも、完璧な女子高生がいた。
 ぬうっ!?
 刺客が、ここまで接近していたことに気付かぬとは不覚!
「刺客って……」
 この私が、ここまで気付かなかったとは相当の使い手。女子高生でしておくには惜しい。 右半身となり肩の力を抜く。そうすることにより、どんな状況にでも対応できるようになる。
 獲物を狙う鷹の目。キラキラキラーン。
「はかせ、変質者みたいな目ですぅ」
 ふっふっふっ……。
 さぁ、この私を楽しませるまでは、お家には帰さないからね。
 もっと良い声で鳴いておくれ。
「その発言って、悪役っポイですよ」
 じゃあ、泣かす。
「それもちょっと……」
 油断したなっ!
 先手必勝。戸惑ったような表情を浮かべる彼女に、私は一気に襲いかかった。
   猫だまし!
       茶ぶ台返し!
            電気あんま!
 とゆう、私の必殺フルコースは、今回は見送ることとしよう。
「はかせ……どこまで本気なんです?」
 鼻先1ミリに制止させた拳を、じっと見つめながら彼女は口を開いた。
 無論、全開で冗談だ。
 だいたい私の拳を本気で入れられたら、それこそ冗談なんかの騒ぎになるか!
 あっという間にテレビやらラジオやら映画会社に押しかけられて、芸を披露するような事になるのは、私の趣味じゃないぞ。
「そうですか? 好きそうですけど」
 なにしろ、エンターテイナーだからな。
 大衆が求め得ることを、実現して見せる選ばれし者というヤツだ。人類史上最大のカリスマでもいい。怖い、自分自身の才能が!
 肩口で切り揃えられた髪を揺らし、可愛らしく小首を傾げながら、彼女が澄んだ目で私を見ていた。
「加奈子くん。そーゆー目で見られていると、なんとなく辛いぞ」
 彼女の名前は、『吉藤 加奈子』という。 私の研究助手を募集したら、ただ一人だけ名乗りを上げた剛の者である。
 この私の助手をとなるのだから、当然テストなどしてみたのだが ー結果、IQ二〇〇という天才女子高生であった。まぁ、私には及ばんが。
 加奈子くんも私も、天才にふさわしい容姿をしている。馬鹿そうな容姿をしている連中とは、外見からして違う。
 馬鹿は馬鹿なりに、自分の外見に気を使っているのかもしれないが、所詮は馬鹿者ということだ。すぐに見破る事ができる。
「形が大事だって、力説されてましたけど?」 いや、人間は中身だ。
 外見なんかに気を使う連中など、掃いて捨てるほどいる。
「どうやって見分けるんですか?」
 無論、外見だ。
 外見にすら気を使えないような連中は大したことはない。
「はかせ……国語が間違っていますぅ」
 ちっちっちっ……違うぞ加奈子くん。
 常に私は正しい。仮に間違いがあったとしたら、それは計算された間違いか、社会が間違っているということなのだよ。
 ん? 今日は、荷物が多いようだな。
 いつもは鞄だけなのだか、今日は大きな紙袋なんかを手に下げている。
「あ、コレは修学旅行の、お土産ですぅ」
 修学旅行 ー確か、聖蘭は……海外だったと聞いているぞ。
「はい。バリ、インド、イスタンブールを見てきましたぁ」
 聖蘭め、お嬢様学校のクセに味なルートを設定しおって……。
「はかせの高校は、どこに行ったんです?」 高校の修学旅行? 徹夜で麻雀して、酒飲んで……大暴れした記憶しかない。
 地元の警察に追いかけられもしたなぁ。
「え、えーと、はかせに、お土産を買ってきたんですよぉ」
 うむ。褒めてやろう。
 ガサゴソと紙袋から、加奈子くんが何かを探している。
「これですぅ」
 誇らしげに、彼女の手に握られた『それ』は私の目にも眩しく映った。
 その形状を、なんと表現すれば良いのだろうか。
 ゆるやかに湾曲した樫の棒。
 長さは一二〇センチ前後。どこかで見たことがある気もしなくもない。
「念のために聞きたいのだが……それは?」 嬉しそうに、それを両手で持ったまま、加奈子くんが答えた。
「木刀です。はかせには、もうひとつ三角ペナントもあるんですよぉ」
 天使の笑み。
 汚れのない清らかな微笑みを浮かべ、その手には私への土産を大事そうに持っている加奈子くんを、私は ー殴ってしまった。
「なんでぶつんですかぁ……」
 頭を押さえ、目に涙を浮かべながら加奈子くんが私を見る。
 なんで海外まで行って、『根性』とか『闘魂』とか刻まれたモノを買ってくるのだろう? 小学生でも、もう少しマシなものを探すぞ。「……すみません」
 あ、泣く……。
 ポロポロと涙をこぼす加奈子くん。
「はかせにだけは、お土産をって……でも、わたし、何がいいか分からなくて、姫川さんに相談して……」
 あの女か ー。
 毎度、毎度、私の大事な助手に、妙な知恵ばかり与えおって……。
 本気で、一度、決着をつける必要があるな。 ただ、あいつの後ろにも、妙なヤツがいるしなぁ。それが厄介だ。
 今回は、仕方あるまい。
 ぐりぐりと加奈子くんの頭を撫ぜてやる。 サラサラの髪が掌に気持ち良い。
「はかせ?」
「この土産は、大事にしてやる。もう泣くな」「本当ですか?」
 涙に濡れた瞳が、まっすぐに私を見つめていた。
 ぬぬっ……。
「どうして目を逸らすんですかぁ……」
 ジロリ。
「こ、怖いですぅ……」
 ぐりぐりぐりぐり……。
 加奈子くんの髪がぐしゃぐしゃになるぐらいまで、乱暴に頭を撫ぜる。
 私は泣かせるのは好きだが、泣かれるのは嫌いだ。
 ペナントはともかく、木刀は……使えなくもないな。どうせ、すぐに折れてしまうだろうが……。
「ええっと……もう、大丈夫ですから」
 うむ。
「 ー今日は、帰ります。明日は、買い物をして来ますから、少し遅くなりますけど」
 そう言って加奈子くんが、私の顔を覗き込むように上体を傾げる。
「何かリクエストでもありますか?」
 九連宝燈。
 古来エジプトの宮廷料理で、確かカバの兜煮という豪快な料理がメインにあると、なんかの本で読んだ気がしなくもないが ー夢という気もしなくもない。
「カバさんですか!? 駅前のスーパーに売ってますかぁ?」
 デパートなら、売っているんじゃないか? なにしろ、百貨店というぐらいだし。百獣の王だって売っているに違いない。
「加奈子くん!」
「はいっ!?」
 びっくりしたように、加奈子くんが顔を上げた。
「明日は、私もデパートに行くぞ! 加奈子くんは、駅前で待機するよーに」
「 ーはかせと、お買い物ですね」
 しかし、荷物持ちは加奈子くんだぞ。
「はい ー」
 にっこりと微笑みながら、加奈子くんは頷いていた。

 ああ……太陽光線が眩しい。
 こんなに世界は明るく、そして輝いているものだったのか……。
 そこの無邪気な子供も、忙し気に歩くサラリーマンも、みんな生きている。
「……ふん。みんな殺してやる」
 生きていくことに疑いのないような、愚民どもなどは、生きてく資格など不要だ。
 やはり、偉大なる指導者が必要なのだ。
 国民をすべて番号で統治して、国家にとって不要な存在は処分すれば良い。
「おおっ! 不要人間その一発見!」
 びしっと指差した先に、加奈子くんと同じ聖蘭の制服姿の女子高生がいた。
 やや栗色ががった髪を後ろで束ね、勝ち気そうな瞳が私を見つけ瞬く。
 姫川 碧 ー加奈子くんのクラスメイトとは真っ赤な偽り。私の助手を堕落させんとする巨悪魔だ。
 たったったったっ……。
 ち、近付いてくる! な、なんだ、その微笑みは!?
 しかぁしっ! 敵に背を向けるは、騎士の名折れ。ここは、ひとつ……。
「貴様ぁっ! 私の加奈子くんに、またしても妙な知恵を吹き込みおってっ! 楽しみにしていた土産の品が、木刀とペナントだった瞬間の私の気持ちが分かるか!?」
 たったっ……たったかたぁー。
 か、加速しおった!
 ふわり。
 小柄な彼女の身体が、体重を感じさせない軽やかさで宙を舞った。しなやかな白い素足が眩しい。
 むぎゅっ……。
 現役女子高生のなまめかしい太股が、私の顔を挟み込んだ。目の前には、ピンボケのパンティーが広がっている。
 ぬぉっ……!
 こ、この桃色遊戯は……っ!
 その瞬間、私は頭から引き抜かれるように大地を目指して弧を描いていた。
 フランケン・シュタイナー。
 アマゾンの奥地に住むベレベレ族の戦士たちが、ライオンを倒すために使ったとされる幻の大技。
 今では、遠く日本の女子高生の間で大流行だと、加奈子くんから聞いた気がする。
 しかし……それを体現できる女子高生は、そうはいまい。何しろアマゾンだからな。
 一瞬の間があって、私は脳天を舗装された道路に叩きつけられていた。
 ……おおうぅっっ。
 ず、頭蓋骨が、砕けたよーに痛いぞ! なんか、死人になった感覚が私を取り巻く。
 いや、私のような天才が、志半ばにして倒れることがあろうはずがない。きっと夢だ。 ぬるり……。
 ん? 汗か?
 どくどくどく……。
 血だった。
「おおおおおっっっっっうううっっ……」
 こ、声が出なくなる程、痛い。
 あまりの激痛に、場所も考えずにゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロと、気の済むまで、のたうち回ってみた。
 辺りは、血の海さ!
 ちょっと……意識が遠くなった気もするが、私はちっとも気にしない。だから気にするな通行人ども。
 ところで、私に致命傷を与えた碧は、何をしているのだろう? まさか二撃目の準備だったりしたら……死んでおこう。
「あぁースッキリしたっ! んじゃっ!」
 極上の笑みを浮かべ、この世のすべてに不満などないような顔で、碧は瀕死の私に手を振ると、足取りも軽く走り去った。
 あ、あの女だけは……いつか決着をつけてやる。今日は不意打ちだから、ノーカウントだ、勝負はついてないんだぞ……ふん。
 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ……。
 痛いぞー。なんだか……馬鹿みたいだが、もう少し転がっても良いかな?
「あーら、人生の最下層に位置する、卑しくも下品な人間が、こぉーんな場所で、何を恥ずかしい真似をしてらっしゃるのかしら?」 ん? 回転、止め。
 誰だ,人の楽しみを邪魔しおって。
 声の方向を見上げると、靴があった。その上には白いソックス、そして女の足。そのまま視線を上げていく。
「なんだ、白パンツ?」
 おや? 視界が真っ暗になった。
 ぐおっっっ、また、頭蓋骨が砕け散ったように痛い。
「はかせ、どうしたんですぅ?」
 その瞬間、視界が開けた。加奈子くんが、心配そうに、私を見つめていた。
「加奈子くん、一〇分の遅刻だな」
「あのー、血、出でますぅ……」
 気にするな。
 月に一度は、こーゆー日もある。
「すみませーん。途中で、伊達先輩と一緒になったんですぅ」
 そういえば、靴が二人分あった。片方に、何故か血がついているということは……私を踏んだのか?
 すくっと立上がり、私は彼女の襟首を掴んだ。力任せに揺さぶり、怒りを叩き付ける。「貴様かぁっ! 今、私を踏み付けたのはぁっっ!」
 がっくんがっくん。
「な、な、なんですかあっ?」
 壊れた人形のように、前後左右上下に憎き敵を振り回す。
「わたくしの加奈子さんに、何てコトをなさいますのっ!」
 背後から伸びた手が、私の首に巻き付く。 見事に気道を締め付ける。
「加奈子さん、お逃げなさい!」
 おおおおっっっっ視界が暗くなる……。
 チーン。
「……かせ……はかせ……はかせぇっ……」 遠くから声が聞こえる……。
「ううっ……ここは……?」
「はかせぇっっ……死んじゃうかと思いましたぁっっ……!」
 加奈子くんが、泣きじゃくりながら、私の胸に抱き付いていた。
 よせよ。海の男に、女はいらねぇ。
「死ねば、良かったのに」
 ボソリと呟かれた言葉に、私は視線を向けた。憎々し気に、私を睨みつけている女が、そこで腕組みして立っていた。
 伊達 梢 ー加奈子くんの先輩で……敵だ。 男の私から見ても長身で、それが仁王立ちをしていると、ひどく生意気だ。
 サラサラの背中まで届く黒髪と、挑戦的な眼差し。スラリと整った鼻粱も、キッと結ばれた唇も……やっぱり生意気だ。
 この女は、加奈子くんを狙っている。
 いや、好意というよりも、それを一歩も二歩も前進させた感情を、加奈子くんに注ぐ凶悪犯なのである。
 ……どうして、加奈子くんの周りには、こんなのしかいないんだろう?
 碧とは別の意味で、排除せねばならない敵と言えよう。まぁ、向こうも私を敵だと認識しているらしいので、なかなかスリリングな関係だ。
「それでは、加奈子さん ー」
 私などには、ついぞ見せた事のない笑みを浮かべていた。ただし、私への視線には殺気がこもっているがな……。
「わたくしは、ここで失礼させて頂きますけど ーくれぐれも、あんな男に気を許してはいけませんわよ」
「は、はい……」
 わかっていない表情で、加奈子くんは一応頷いた。それを見てニッコリと笑い、梢は私の前に立った。
「それでは……ご、き、げ、ん、よ、うっ!」 ぎりぎりと、渾身の力を込めて、何故か血のついた梢の靴の踵が、私の足の甲にえぐり込まれる。
 負けるか!
 私は無事な足を振り上げ、小生意気な足を殲滅すべく振り下ろした。
「……ふんっ!」
 すっと梢が私の前を通り過ぎた。
「へっ?」
 自分を救出すべく放たれた足は、解放されたばかりの足を、再び大地へと縫い付けた。 ううっ……。
「ど、どうして泣いているんですかぁ?」
 男には、涙を流しても……我慢できない事がある。加奈子くんも、いつの日か思い知るがいい!

「はかせ……カバさん、いませんでしたね」 まったくだ。百貨店のなどと、ふんぞり返ったところで、その程度の品揃えしかないとは情けない。
 両手一杯に買物袋を抱えた加奈子くんが、よたよたと私の後をついてくる。
 荷物持ちのクセに、こんな貧弱なことでどうするのだ? 危なっかしくて、見ておれん。「はかせ?」
 彼女から買物袋の大きな物を受け取り、肩に担ぐようにする。
 一気に軽くなった荷物に戸惑ったように、自分の荷物と、私の荷物を見比べている。
 大事な部品を、壊されたくないだけだ。
 ただ、それだけだからな。
「あ、ありがとうございますぅっ……」
 部品のためだと、言ってるだろうが! 加奈子くんが、礼を言う必要などない。
「……はかせ。今晩は、ハンバーグにしましょうか?」
 ハンバーグ ー確か、ドイツのハンバーグ夫人が、浮気症の旦那を殴り殺し、その死体をミンチにして焼いて喰ったという始まりの肉料理だな。さすがに狩猟民族は、過激だ。「……子供が泣くような話を、どこで拾ってくるんです?」
 ハンガリーのハン・バーグ卿だったかな? まぁ、どうでも良い。加奈子くんの料理は美味いから。
 そうだ、忘れていた。
「加奈子くん、このあと、いつもの池で試作品のテストを実施しようと思う」
「ええっと……夕御飯、つくりますね」
 
 この池には、部外者が近付くことがない。 まして、こんな時間にまで、こんな場所に来る物好きもいまい。
 だからこそ、私の研究実験も実行できるのだかな。
「はーかーせー」
 なんだ、もう来ていたのか?
「今日、遅刻しちゃいましたから」
 着替えに帰るのを許可したのだが、予想以上に早かったな。
 うむうむ。そーゆー心掛けが、甲子園への第一歩なのだ。
 加奈子くんは、運動しやすいというか、ゼッケンも鮮やかな中学校の体操服姿で待っていた。
「……大きくないか?」
「大きくなるって、思ったんですけど……」 恥ずかしそうに加奈子くんが、ジャージの裾を引っ張っている。
 まぁ、良いか。
 そんなことより、私の実験の方が重要であろう。
「今回は、人型のロボットを製作したのだ。名付けて……」
 昨日の夜から準備していた、それに被せていたビニールシートに手をかける。
「メカ加奈子くん!」
 シートが取り除かれた時、そこにあるものを見た加奈子くんが驚きの声を上げる。
「……ドラム缶人間ですぅ!」
 誇らしげに立つメカ加奈子くんが、その言葉に傷ついたように、身じろぎした。
 蛇腹関節も誇らしく、エンジンの排気音が心地良い。
「……メカ加奈子くん、だ……っ!」
 ぐりぐりぐり。
「ううっ……痛いですぅ」
 ふん。しかし、加奈子くんも、このメカ加奈子くんの性能を聞けば、その価値がわかろうというものだ。
「まず、そのパワーは加奈子くんの二倍!」 大きく振り回した鋼の腕は、私を掠めて用意していたブロック塀を砕く。粉々になったた破片が私の顔面を白く染め上げる。
 ……ほほう。
「そしてスピードは、加奈子くんの三倍!」 ぎゅいいーんというモーター音を立て、メカ加奈子くんの身体がゆっくりと前進する。「さすがに、重量バランスと構造上、二足歩行ということで、足に車輪を装備している」 ぎゅいぃーん、ぎゅん、ぎゅん。
 ドリフトしたメカ加奈子くんの跳ね上げた泥が、私の白衣にべったりと張り付いた。
 ……ほほう……。
「あっ……はかせ、怒ってますぅ?」
「なーんで、こんなの造っちったのかなぁ」 ドライバーを握り締めた私に、加奈子くんがパチパチと拍手を送る。
「す、すごいですぅ! こんなロボット、はかせしか造れません!」
 ふ、ふふん。そうだろう、そうだろう。
 もっと褒め称えるがいい。この天才の姿を一生、その目に焼き付けるが良い!
「で、どーゆー仕組みなんですか?」
「……不思議エンジンが未知のエネルギーを生み出し、それが超自然パワーによって作動している」
「……はかせ?」
 どうした? 私の好きな言葉に「論より証拠」というものがある。
 とりあえず実在すれば、勝ちなのだ!
「はかせ……科学者の発言じゃ、ありませぇんんん」
 いかんなー。現実を直視できない者は、進歩もないぞ。
 まだ納得できていないようだが、加奈子くんも、そのうち理解できるだろう。
「さぁ、メカ加奈子くんよ! その偉大なる力を私に見せつけるが良い!」
 おや……? つい、先刻まで元気良く走り回っていた、ウチの娘はどこに行った?
 きょろ、きょろ……。
「加奈子くん、妹を知らないかね?」
「い、妹なんですか?  ーあそこですけど」 指差す方向に視線を向ける。
 いた! 私のメカ加奈子くんが!
 ぶくぶくぶくぶくぶく……。
「おおっ! 私の知らないうちに、潜水機能まで増設していた……か?」
「どちらかと言えば、溺れているみたいですけど……良いんですか?」
 ばっちゃん、ばっちゃん、ぶくぶくぶく。 まさしく、溺れている……! この私が、夏休みのバイトでライフセイバーをしていたことが……あるわけなかろう。
「あのぉ……沈んじゃますよ」
 余裕を見せている場合ではない!
 私は慌ててメカ加奈子くんの手を取った。 ぬおおおっっっ!
「加奈子くん、手伝いたまえ!」
 加奈子くんが私の腰に手を回し、必死になって引っ張ろうとする。
 さて、メカ加奈子くんの重量は加奈子くんの何倍であっただろう?
 軽く一トンは越えたような記憶があるぞ。 なにしろ、加奈子くんの二倍のパワーと、三倍のスピードを得るためには、どれほどの構造材料の軽量化を計っても、これ以下にはできなかったのだ。
「加奈子くん! メカ加奈子くん二号を!」「ど、どこにあるんです!?」
「今すぐ、造ってくれ。そうしなければ、メカ加奈子くんが……」
 死んでしまうぞ!
 全身の防水処理をしていない以上、精密機器であるメカ加奈子くんは、二度と帰ってこなくなる。
 必死になって、引っ張り上げようとする私は、逆に池に引き摺りこまれつつあった。
  ーこのままでは……!
『ハ・カ・セ』
「なんだ、加奈子くん!?」
「わ、わたしじゃ、ないですよ」
『ハ・カ・セ』
 まさか……メカ加奈子くんか? いや、音声出力機能は搭載していない。声が出せるわけがないではないか。
『ハ・カ・セ』
 いや、メカ加奈子くんが、喋っている!
「絶対に、助けてやるからな!」
 しかしメカ加奈子くんは、私の手を振り払った。そうして、茫然とする私の目前で、ゆっくりとメカ加奈子くんは沈んでいった。
『ハ・カ・セ・ハ・カ・セ・ハ・カ・セ・ハ・カ・セ・ハ・カ・セ・ハ・カ・セ……』
 どれほどの時間が経ったのだろう。
 私は、ずっとメカ加奈子くんの沈んだ池を眺めていた。
「はかせ……」
 私の肩に、加奈子くんがそっと手を載せた。「……こっちの加奈子くんは、暖かいな」
 加奈子くんが、私を見つめていた。
「はかせ……ほら、空を見てください」
 加奈子くんの言葉に、私も視線を夜空へと向けた。
 星 星 星 星 星 星 星。
 満天の星が、夜空全体に広がっていた。
 私は、溜め息をもらした。
「……絶景だな。どんな光も、星には及ばない」
「はい……」
 座り込んだままの私の隣に、加奈子くんが、ちょこんと腰を下ろした。そっと私に身体を預けるように、寄せてくる。
 吸い込まれてしまいそうな星の輝きが、私の視界一杯に広がっている。
「星が、降ってきそうですね」
 こうして星を見上げるのは、何年ぶりのことだろう。
「綺麗……あっ、流れ星です」
 ひょっとすると、それはメカ加奈子くんの星だったのかも知れない。
 思わず沈黙してしまった私に、加奈子くんが優しく言った。
「はかせ、お願い……しませんと」
 そうだな ー私は、チラリと加奈子くんに目を向けると、もう一度夜空を見上げた。
「 ー歴史に、名を残す、だ」
 私の言葉に、加奈子くんがニッコリと微笑んだ。
「そうですね……」
 加奈子くんの手が、そっと私の手に重ねられた。ほっそりとした華奢な手は柔らかく、暖かかった。
 そうして、私の方をじっと見つめる。
「わたしも、頑張りますね」
 加奈子くんは、優しく微笑んだ。その言葉に、私も笑みが浮かぶのを止められなかった。

戻る

[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析
>