はかせ 第2話
  星の道標

by/初代 達人

 ジングルベール――チーン♪
 ジングルベール――カラーン♪
 ジングルベール――ジリリリリ……

 全世界が浮かれ騒ごうとも、ここは人気のない森の奥……。
 ふっふっふっ、加奈子くん、森の奥へようこそ。
「いつもの池のある実験場ですけど……」
 池のある実験場に……ようこそ。
「はかせ……?」
 怪訝な表情で吉藤加奈子――私の助手にして現役女子高生だ――が、私を見つめていた。
 学校が冬休みになったため、私服である。
 白いブラウスと薄桃色のカーディガン。クリーム色のスカートも別に問題はない。
 ただ……そのヨレヨレのトレンチコートはなんなのだ?
「寒いから、お父さんが貸してくれました」
 最初にウチに来たときは、コートが歩いているみたいだったぞ。なんつーか――弱い子に見える。
「はかせは、寒くないんですか?」
 寒い? 私の白衣は特別製でな――何しろ冷暖房完備の白衣だ。冬になると発熱する。夏は発火するというスグレモノだぞ。
「……もう、いいですぅ」
 私も知らない白衣のメカニズムについて、思いつくままに語ろうと思っていたのだが残念だ。
「あのぉ……コレ、何なんでしょうか?」
 恐る恐るといった加奈子くんの視線の先には、私が先週から組み立てていた機材の勇姿があった。
 そうだな、強いて言うなら――音楽に合わせて四八の殺人技と六つの必殺技を縦横無尽に当惑させつつ新鮮野菜を大量に真空パックした幼妻を見たならば指切りをしないでも針千本飲ませた手の位置は腰にあるのが正しい姿勢というものではなかろうか? そう秋の夜長を沈思する私を物陰から襲いかかる子猫の如く愛らしい犬のような亀をモチーフにする得体の知れぬモノだとすれば……加奈子くんを生贄に捧げたりしてみよう。うん。
 具体的には何だかよく分からん。分かりたくもないが、口に出してみると自分でも不思議な気分になるのが、程よい加減だ。
「はかせぇ……」
 冗談だ。私の計算に間違いはない。
 あったとしても、それが致命的な計算間違いであったとしてもだ。それがどーした? 私は気にしないから、お前も気にするな。
 人生など……なるよーにしかならん。成してしまえば成るものでもあるがな。
 そうだな、ヒントをやろう。
 ――今日は、何の日だ?
「えーと……クリスマス・イヴですか?」
 うむうむ。さすがIQ二〇〇の天才だ。たったこれだけのヒントで、今日がクリスマス・イヴであるという解答を導くとはな。
 加奈子くんが瞳を輝かせ、両手を打つ。
「あっ……わかりましたぁっ!」
 分かったかね、加奈子くん私の言いたい事がっ!!
 そう、サンダークロスだ。無論、彼のことに確定していようっ!!
「えっと・・・・・・」
 世界中の子供達に有無を言わせず家庭訪問。主観的に見て悪い子は電気椅子で折檻。良い子にはクロスカウンターをお見舞いする伝説の漢。日本でいえば『なまはげ』が近いか?
 特に有名なのがサンダークロス・レッド。青・緑・黄・桃色の四人も大活躍中だ。彼らが駆るソリは変形して電気椅子になり怪人はあの世行き。なんとなく能力値はそのままで巨大化した怪人も、五つのソリが合体変形して巨大電気椅子になって、やっぱりあの世行きなのだ。
「……また、そーゆー不思議な話を……」
 そして、これが今回私の開発作成した『対サンダークロス迎撃捕獲システム』ということだ。
 去年の夏に打ち上げた三番衛星ケルベロスとデータリンクしており、勝手に設定した絶対防衛圏に侵入する未確認飛行物体を問答無用でサンダークロスと認定。自動的に超・高高度迎撃ミサイルが発射される。
 それを回避しようとも、各地に配備したミサイルが有無を言わせず発射されるから優れた火力で万事解決。
「問答無用って……」
 心配無用だ。
 航空自衛隊のバッヂ・システム、在日米軍、運輸省といった連中の頭は押さえてある。こいつらの情報にない飛行物体は、現実には存在していない物というコトだ。
「えーと……旅客機なんかは、確認しているから大丈夫なんですね?」
 どーも心配そうだな。
 安心したまえ。少なくとも公式に存在しない物は、撃墜されても文句は言えん。非公式に飛ばすよーなモノで、ケルベロスに攻撃目標に選択されたよーなモンはロクな代物じゃないだろうし♪
「例えば?」
「……米軍秘蔵の特殊作戦機ステルスボマーB−2とかなら……」
 試験中に墜としたぞ。
 あの程度の隠蔽能力で、私のケルベロスから逃れようなど三世代ばかりはやい。
 うむ? 何を青くなっているのだ?
「だっ、だって、米軍ですよ!?」
 それがどーした? 私が本気になれば、世界中が敵に回ったところで怖くはない。
「怖くないだけじゃ、困るんですけどぉ……」
 ダメか!? 何者をも恐れない不屈の勇気とか闘志とかなら掃いて捨てるぐらいある。捨てても湧いてくる情熱とか、熱いから捨てた涙とかも探せばどっかにあるとすら考えたこともあるのが青春の恥ずかしさ。
 思い出すなぁ……あの頃を。
 あの頃は、まだ希望があった。今度の人類こそは、私たちのような過ちを……繰り返さないという希望がな。
「……はかせ?」
 うむ、気にするでない。私には108個の秘密があるという噂があるのだ。
 人生には、いろいろな事も起こるものだからな。

『ピー、ピー、ピー』

 いや、感動したからしていって、加奈子くん……愉快な電子音で鳴かずともよかろう。
 そう言う私の前で、ふるふると前髪を揺らせながら彼女が否定していた。
「……オ、オバケですぅ、きっとオバケがでたんですよぉ……」
 オバケだと? ふっ……加奈子くん、非科学的な発言だな。
 うるうると泣きそうな顔をしている加奈子くんに、私はどこからか『闘魂』と刻まれた木刀を手渡した。
 オバケごとき、コレでメッタ打ちにしてしまえ。そうして冷蔵庫にいれてガチガチにしてしまえ。  だけどちょっと……怖いな。
 ――嘘だぁっっっっ! 存在なんかしない!
 おりゃぁぁぁっっっっ!
 とぉうりゃぁぁぁぁっっっっっ!
 ほいさっさ。
 手当たり次第に、その辺にあった物を木刀がヘシ折れるまで殴打してみた。
 はっはっはっ。ほーら、怖くないぞ。
 限りなく爽やかな私の微笑みに、加奈子くんも安心したまえ。
「ううっ……はかせの方がコワイですぅ……」
 うむうむ。畏怖の念も湧いてくるだろう。
 常にその気持ちを忘れてはダメのダメであるから、心の日記帳にも書くこと。

『ピー、ピー、ピー』

「で、結局は何の音なんですかぁ?」
 キョロキョロと周囲を見渡して、加奈子くんが可愛らしく小首を傾げる。
 多分これであろう。
 私が白衣のポケットからノートパソコンを取り出すと、予想した通り、チカチカと嬉しそうな赤い光が点滅していた。
「ノートパソコンって大きいですよ……」
 出てきたのだ。諦めて現実を直視したほうが楽だぞ。
 おや――システムが作動している……。
「えっ?」
 液晶パネルに表示されたのは、ケルベロスからの目標補足報告であった。
「ひ、飛行機ですよね?」
 マッハ七の超高速機が、実在しているなら航空機だろうがな。
 何しろマッハ七だぞ。マッハ七という事は音速の七倍ですよ、奥さん。タカシくんの財布には領収書が一週間でどれだけの金額になったか教えて下さい。
『該当航空機――ナシ。
 システム、第二段階に移行。
 超・高高度迎撃ミサイル発射。』
 ちっ……コンピュータには冗談が通じないらしい。そんなコトじゃ、芸能界じゃあ通用しないぞ。
 ディスプレイに投影された赤い点に向かって、白い光点が一直線に向かい駆け抜けていった――
「……全弾回避!?」
 囮も電波攪乱もなしで、私のミサイルを突破したというのか?
 大陸間弾道ミサイルだって撃墜する迎撃システムだぞ、おい。
 今回はサンダークロス対策として、少しばかり改造しているが、一発も命中しないなどということがあるワケがない。
 現に、その遥か後方に時空跳躍してきた謎の宇宙船に向かっては次々に命中しているではないか。
 生意気に反撃しつつ逃亡するか――攻撃目標修正。謎の宇宙船を徹底破壊しろ。
 パソコンに別のコマンドを入力しながら、私はある結論に達していた。
 ――こんなこと……夢だな。うん。
「はかせ、寝ないで下さいぃ……」
 ん……まだ、眠い……。
 私は朝は一杯のコーヒーと、ベーコンエッグと岡本屋のミックスサンドと決めているのである。それがない以上、朝ではない。
「はかせぇっ……!」
 ゆさゆさゆさゆさゆさ……。
 うるさい。私は眠っているのだ。
 私の眠りを妨げる者は、満月の夜に五人組のタイガーマスクに襲われるであろう。
 それにだ、人を起こすのならば、それなりの起こし方というものがあるというものだろう?
「えっと――じゃあ――朝ですよー」
 ぬっ……朝なら仕方あるまい。
 人間、早起きは一六文キックだからな。起きた直後は、目覚めが悪いので、とりあえず痛い一撃が欲しいという格言だ。
「わーい、はかせが起きましたぁ」
 嬉しそうな加奈子くんには、特別に三ニ文蹴りをあげよう。
「い、いらないですぅ・・・・・・」
 ただ……私の朝食はどうなっている?
 私は朝は一杯のコーヒーと、ベーコンエッグと岡本屋のミックスサンドと決めているのだが、それを知らぬワケではあるまい。
 もしも捧げるべき供物がなければ神は怒り、天は泣き、私は飢えるのだぞ。そんな非道な真似は私にはできない。できないいっっ!
 そんな気持ちを歌にしました。
 るるる。りらら。
「はかせぇ、なんか赤いバッテン印さんが下の方で点滅してますけどぉ……」
 るるる……ん? どれどれ、お爺さんにも見せてごらん。
 ほうほう……目標は確実に高度を落とし、私が老化したり歌っていたりするうちに第三次防衛ラインを突破したという事であるのう。しかも無傷で。
 目標の予想進路を推論で良い、可能性が一番高いルートで表示――
 パネルに一本の線が伸びる。
 地形図と照合。最終迎撃地点を設定。
 パソコンが打ち込まれたコマンドに従って、日本地図をその地域図へと変換していく。
 ワイヤフレームで描かれたそこを、私はよく知っていた。
「ここ、ですか……?」
 加奈子くんが不安そうにパネルの情報を見つめている。このままだと、あとしばらくで目標と接触する事となるだろう。
 しかし安心したまえ。
 私は勝利を約束する三つの条件を満たしているのだ。何も心配する事などはない。
 即ち『知力』『体力』『時の運』の三つであり、これさえあれば優勝間違いなし。
「それって……クイズ選手権ですぅ」
 ふっ……冗談だ。少しばかり余裕を見せただけだ。
 戦場においては情報と火力、そして兵力が勝敗を分けるように、ここでは熱血と友情、そしてパンチラが勝利を呼ぶ!
 音声くん、エコーを頼むぞ。
 そして……私は、その条件を満たしている。
 鼻血を噴きそうな程に熱い血潮だっ……げふうっ!
「はかせ――鼻血、本当に出てます……」
 地上に舞い降りた最後の天使。いつもどこでもニコニコ現金払いという時代と世界に愛された私にとって、友情など遥か昔にクリアしている!
「はかせは、その人達のコトを……どう思っているんですかぁ?」
 愚民だね。
 私に従ってこそ、生きることを許された存在だ。私の言葉を至上の音曲と感じ、歌うし叫ぶし、踊ったりする。
「……友情じゃないです……絶対に、それ」
 そして最後の条件であるパンチラだが――加奈子くん、どうして距離をとるのかね?
 そろそろと後退していた加奈子くんが上目遣いに私を見つめる。
「だって……ヒドイ事、されそうですし……」
 何をワケの分からん事を言っているのだ? さぁ、盛大に行きたまえ!
 きょとんとする必要などないぞ。思いっ切り堂々とやれば良いのだ。恥ずかしいのは私ではない。
「……イ、イヤです」
 むむっ……ワガママを言うでないぞ。
 事態は既に政治のレベルに移っているのだよ。君個人の問題ではないのだ。
 ――さぁ、加奈子くん……ボクの為に、見せてくれるね?
 キミの勇姿は、私の心のフィルムに『パンチラ乙女』というタイトルで永久保存してあげようではないか。
「ううっ……素敵な笑顔ですけど、セリフは悪魔みたいですぅ……」
 泣くのは後にして、公開するのだ。
 ホレ見せろ、ヤレ見せろ、とっとと見せろ。
「だって、だってぇ……」
 成程、分かった。
 そこまで言うのなら仕方がない。この私自身が加奈子くんのスカートを脱がし、天下国家にキミのパンチラを披露しようではないか。
 くるりと背を向け、逃げようとした加奈子くんを私はあっさりと捕まえた。そのまま背中から彼女の華奢な肩を抱き締める。
 ――加奈子くん――私には、キミのパンチラが必要だ。
 そっと耳元で囁く。
「そんなコト言われても……わたし……」
 大丈夫だ。優しくするから――ホレ。
 私の手が翻った。それに合わせてクリーム色の柔らかな布が風に舞う。
 彼女のついぞ日焼けなどしたことのないような白い足と、世界が待ち望んだパンチラが御披露された瞬間だった。
 加奈子くん……私はキミのキャラクターを甘く見ていたらしいな。
 パンティーのバックプリントが『くま』だったりする事は、お約束であるから許そう。
 寒いからという理由で、毛糸のパンツだったりブルマーなんかを履いていても海のように広い心で認めようではないか。
 だが、その絵柄はなんなのだ!?
『横綱・土俵入り(雲竜型)』
 しかも劇画調。
 脱げ! いますぐ脱いでしまえ!
 パンツを引きずり降ろそうとする私の手を、加奈子くんが懸命に払いのける。
「うっうっ……もう、お嫁に行けません……」
 とゆーか、そーゆーパンツを愛用しているうちは、絶対に結婚できないと思うぞ。
 しかし条件はすべて満たした。私の勝利は間違いなしだ。
「はかせぇ……っ!」
 どうした? 何故、泣いているのだ?
 私の勝利を確信する、歓喜の涙であるな。
 ポカポカポカポカ……。
 加奈子くんが私の胸で両拳を連打する。一体全体、何だというのだ?
「ヒドイ……ヒドイですぅっ……!」
 ひどくない! ひどくなどないぞ!
「もう、ゴハン……つくりません」
 ヒドイ……ヒドイぞ、加奈子くん!
 すべては大義のため。
 虐げられた人々を救い、我々の明日を切り開くため――これは聖戦なのだ。
 サンダークロスと人類の最終決戦だ。
 だからこそ、加奈子くんのパンチラという非情の手段を用いたのだ。そうでなければ、誰が横綱パンツを公開などするものか。
 明後日の方向に向いて、私は熱弁を奮った。
「こ、今度だけは、許してあげますぅ……」
 ふっふっふっ……許したが貴様の不覚。素直にありがとうと言っておこう。
「わたし、はかせだけなら……見られてもぉ……」
 何かブツブツ言っておるが、まぁ良いだろう。
 加奈子くん。キミには、まだ使命があるのだ。
 私はいつのまにか握っていた小型マイクに、最終防衛システムの発動を命令していた。
 嬉し恥ずかしの重低音と、大地を震わせる振動が私たちの身体にビリビリと感じる。
 冒頭で私が一週間かけて組み立てていた機械が、本当の姿を取り戻そうとしているのだ。
 そう――これこそ私が対・サンダークロス迎撃用に編み出した『メカ加奈子くん二号』だっ!
 全高三メートルを越える戦略戦闘用機動兵器であり、前作の一号から改良を重ねた新機能満載で新発売。
「巨大ドラム缶人間ですぅ!」
 まだ言うか、この小娘はっ!
 ぐりぐりぐりぐり……。
「痛いですぅ……」
 さぁ加奈子くん、発進だ!
「えっ……?」
 何を戸惑っているのだ? 今回の二号は前作にない新機能として人間が乗り込むのだ。
 人と科学の融合――これこそサイバー。
「む、ムリですぅ! わたし、免許持ってませんし……っ? はかせ……わたし……浮いてます……」
 反重力システムを応用した牽引ビームだ。
 本人の意思に関わりなく、操縦席に招待してくれるという便利マシン。
 嬉しげな歓声を上げながら、加奈子くんが二号の中に吸い込まれていった。ガチャンという音がして頑丈な対爆シェルターの扉が閉じる。これで核戦争でも安心だ。
「あん……こんなトコ……いやですぅ……」
 なんつーか、悩ましいぞ。
 外部スピーカーから聞こえる彼女の身に何が起きているのであろう?
 まあ、二号の運航には支障がない。
 全自動兵器だからな。搭載した人工知能が歩行から機動戦闘まで担当している。
「あ、あの……わたしは……?」
 加奈子くんの役目? 無論、二号がダメージを受けた場合、何故か操縦者もケガをするという名誉な役目だ。
 おおサイバー! まさに科学と人間の融合と言える。
 行け、進め!
 ――おおっ!? 今回もやっぱり池に向かって直進しているとはコレ如何に?
 沈む……沈んでいく……。
 何の為に私はアレを組み立てたのであろうか……? 全自動自殺推進機など造って、何が楽しい?
 しかし、古来より艦長は艦と運命を共にすると言う……加奈子くんも、それにならうか……敬礼、ビシ。
 彼女が沈んだ湖面に敬礼を続けていると、池底から勢い良く操縦席が飛び出した。
 どうやら脱出装置が作動したらしい。珍しいことだ。
 なにしろニ号も私の作品だけあって、対爆、防弾、防ガス、防酸とまで備えながら、防水機能がない!
 はっはっはっ……加奈子くんを溺死させるトコロであったわ。
「……ううっ……はかせぇっ……!」
 吉藤加奈子……今、引田天功と並んだ瞬間だな。
 なんとか浸水前に脱出したらしく、この寒空の下で全裸にならずに済んだようだ。結構、結構。
「はかせって……時々、鬼に見えますぅ」
 ヨロヨロと自殺機の操縦席であった部分から這い出してきた加奈子くんが、私に賞賛の言葉を呟く。 ふっ、人間などという矮小な存在を超えているから当然であると思うがな。
 しかし、残念ながら私はキミの相手をしている時間はないのだよ。二号が、いきなり沈んでしまったからには、私自身がサンダークロスと戦うしかあるまい。
 ――加奈子くん……下がっていたまえ。ここからは漢の仕事だ。
 私は白衣のポケットから引き抜いた木刀を握り、空を睨んだ。
「はかせのポケットって……」
 来た――
 しゃんしゃんと威嚇の鈴の音を響かせながら六頭のトナカイに引かれたソリに乗り、真紅の戦闘服に身を包んだ赤い彗星!
「ホ、ホンモノの……サンタクロース……」
 サンダークロス――恰幅のいい腹に、何を隠し持つ!? その好々爺の笑顔の奥に潜む鋭利な刃物のような戦士の瞳! 
 全世界が騙されようとも、この私は欺けないのだ。
「わしゃ……サンタクロースじゃよ」
「は、はかせ……本物ですよ! 三回願い事を言えば、そのプレゼントが貰ますぅ」
 騙されるな! しかも、なんか違う。
「ふぉっふぉっ……ふぉっ!?」
 たりゃぁっ!
 ちっ……避けおったか。しかし、次こそ必殺の一撃をくれてやろう。
 その背にある大きな布袋から武器を出すようなヒマは与えぬ。迅速確実安心で成敗するから神よりも偉大な私に祈れ。
「わ、わしは……サンタ……」
 むむっ! 前に両手を……この私にサンダービームを放つつもりか?
 加奈子くんバリアーの前に、そんなもの通用しないぞ!
「はかせ……どーして、わたしの後ろに隠れるんですかぁ……」
「ひ、ひどい男じゃな、おぬし」
 そんな言葉は聞こえんな。
 だいだい五人がかりで一人の怪人を叩きのめす連中に何を言われても、私の気高い良心はカケラも痛くない。
「戦闘員は数に入らないんですか?」
 あんな戦闘員、ニセモノだ。
 私の知っている組織の戦闘員は、全員がプロの傭兵だったりするぞ。怪しいだけの怪人とは格が違う。
 サンダークロスよ、覚悟するが良い。これで貴様は最終回。来週からは新番組『加奈子くんの三分間で完成クッキング』が予定されているらしいから安心なのだ。
 木刀を大上段に構え、秘剣・刃車へと変化させる。特殊な呼吸法で、この一撃に絶大なる力を溜め込む。
 すぅっっっ……はぁっっっ……げふっ!
 背後から私を襲うトナカイの魔の手!
 赤い鼻のトナカイが、私を睨みつけていた。
 私を囲むようにして、六頭のトナカイが距離を取っていた。
「よかろう! レッドの前に、貴様らの血で我が剣を朱に染めてくれようぞ!」
 どこっ……ずこっ……。
 さ、さすがは畜生よ……。口上の最中にでも平然と突撃してくるとはな……。
「はかせ!?」
 心配無用! 加奈子くんは、奴が逃げ出さないように監視しているのだ。
 こんな畜生ども……。
 どこっ、ずこっ、ばきっ……。
 ――ち、畜生どもが……トナカイ鍋にしてやるっ!
「あっ……はかせ、本気で怒ってますぅ」
 野生動物であろうとも容赦などせん!
 骨まで煮込んで、美味しくしてやる。
「やれやれ……昔は、素直で優しいコじゃったのにのう……」
「はかせのコト、知っているんですかぁ?」
「子供の事は何でも知っておる。お嬢ちゃんが、大事にしていたウサギの人形に『うさうさぴょぴょん』と名前をつけていたコトも知っておるよ」
 やるな、野生動物! しかし私も霊長類ヒト目ヒト科として負けるワケにはいかない!
「サンタさんは、こうやって毎年、世界中の子供にプレゼントを配っているんですか?」
「全員に、というワケではないのぉ。わしだけでは、とても回りきれないほどに子供達はたくさんおる」
「じゃあ、サンタさんは、子供をどうやって選んでいるんですかぁ?」
 甘い! そんな攻撃が私に通用するとでも思ったか? 所詮は畜生よのう。
「人が地上から空を見上げると星が見えるように、わしが空から地上を見下ろすと、人の世界の明かりが星のように見えるのじゃよ。その中にある小さな心の星は、どんな光よりも暖かく澄んでおる」
 あああっ………私の戦いに声援がない。
 こんな絶妙のコンビネーション、滅多に見れるものではないのに……。
「わしは、その震えている小さな小さな星に、ホンの少しだけ光を与えてやることしか……できんのじゃよ」
「それじゃあ……」
「サンタクロースという名前はな、子供を愛し、小さな星に光を分けてやれる人々に、この日だけ授けられる名前なのじゃよ」
「……………」
「わし一人がサンタクロースであり、たくさんの人々もサンタクロースなのじゃ。そうしてひとつでも多くの星を、輝かせるのが大人の責任なのじゃが……その名に値しない者も増えてきてのぉ――」
「サンタさん……」
「お嬢ちゃんは大丈夫じゃが、輝きを失った星が多すぎる。昔は貧しくとも、心の星は輝いていた。それが今は造りものの星ばかり光っておって……とても寒いのじゃ」
 ふはははは……貴様らの攻撃は見切った!
「ゴメンナサイ……はかせが、サンタさんに御迷惑をかけちゃいました……」
「ふぉっふぉっふぉっ……お嬢ちゃんがいるなら、このコも大丈夫じゃな」
「えっ?」
「わしがここに来たのは、彼が心配じゃったからなのじゃよ。彼の星は――小さく暗い星で今にも消えてしまいそうじゃった……。しかし、お嬢ちゃんなら彼を暖めてやれる」
「そ、そんな……わたしなんか……」
 むむっ! 優しさを装ったサンダークロスの手が加奈子くんの頭を撫でている。危険だ、逃げろ!
「彼は……とても寂しい男じゃよ。しかし、お嬢ちゃんを本当に信頼しておる」
 ええい、このトナカイどもめ邪魔をするなっ! 加奈子くんが毒牙にかかっていくのを、みすみす見逃すワケにはいかんのだっ!
 そうしないと、私の食生活が悲惨なものになってしまうではないか。
「そうじゃな――お嬢ちゃんにも、何か贈り物をしようかの……」
「わ、わたしですかぁ!?」
「ふぉっふぉっふぉっ……驚かずとも良い。小さな震える星を、助けてやれるのは、お嬢ちゃんだけじゃからな」
 袋から取り出されたのは小さな薄桃色の光。
 謎の怪光線を放つそれが、音もなく加奈子くんの胸に吸い込まれていく。
 ぐっ……どけいっ!
 トナカイの一頭を蹴り飛ばし、気を失ったように崩れ落ちる加奈子くんに私は駆け寄った。外傷はないが、油断はできない。
 ジジイ……加奈子くんに何かあったら、北極ごと蒸発させてやる。
 核を一〇〇発ぐらい打ち込んでやるからな、覚悟しておけっ……!
 加奈子くん、しっかりしろ!
 外傷はないから傷は浅いぞ! すぐに私の研究室……いや、国立病院に連れて行くから頑張るのだ。
「ううっ……はかせ……」
 加奈子くん?
「はかせ……えっ!?」
 うっすらと目を開けた加奈子くんが、真っ赤になる。
「あ、あの……はかせ、わたし……どうしたんですか……?」
 な、なんともないのか?
 何だか、全身から力が抜けたぞ。
「ふぉっふぉっふぉっ……お嬢ちゃんを、大事にしてやるのじゃぞ」
 いつの間にかソリに乗り、サンダークロスが宙に浮かんでいた。
 逃げるか!?
 加奈子くんを投げ捨て、私は白衣の懐から武骨な拳銃を取り出した。我が自作の五〇口径弾が、虚しくサンダークロスを掠めていく。
 なにしろ拳銃には不釣り合いな大口径弾。威力と比例して反動もデカイ。
 おかげで当たらんぞ。一発撃っただけで、私の手から銃自体も飛んでいったがな、はっはっはっ。
 ……はっ!?
 私は、サンダークロスを仕留め損なったということか!?
 既にヤツの姿は見えなくなっていた。パソコンのパネルにも、サンダークロスを示す光点はない。
「はかせ……終わっちゃいましたね」
 いや、今回のは前哨戦。決着はつけていないが、ヤツが逃げたということは判定勝ちとなるぞ、うん。
 加奈子くんも、サンダークロスの消えた空を見上げる。
「ああっ……! はかせ、ホラ、雪が降ってきましたよ」
 彼女が両手を空に向けた。その手に白い雪が降りる。
「メリー・クリスマス。はかせ」
 にっこりと微笑む加奈子くんに、私も頬が緩むのがわかった。
「二人だけの、ホワイト・クリスマスですね」
 局地的な降雪だとしても、我々の真上だけという事はあるまい。勝手な解釈をすると、気象庁がクレームをつけてくるぞ。
「ん……もう!」
 はっはっはっ……盛り上げたまま、ENDなど私が認めるワケないであろう。
 こうなったら、徹底的に今夜は飲むぞ。
 加奈子くんは未成年というコトで、梅酒の薄いやつで我慢するように。
「はい」
 嬉しそうに微笑み、加奈子くんが私の前に立って歩きだした。
 梅酒だぞ。それ以外はダメだからな。
「わかってますよ、はかせ――」
 降り積もろうとする雪の上に、加奈子くんと私の足跡が残っていった。

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